EASTEIN MODEL 250

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 2月5日に我が家にグランドピアノを搬入した。このピアノは母が「ピアノの音が聴こえる家に住みたい」との希望でH8年に実家の増築に合わせて購入したものだ。母はいつの間にか自身ではピアノを弾かなくなってしまったが、私が独学でピアノをやっていたこともあり中古のグランドピアノを買うことが決まっていた。ピアノを選ぶ際には当時学生だった私も水戸市の平山ピアノ社へ同行した。

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 奥行き180センチクラス(ヤマハのC3相当)の中古ピアノを弾き比べてみたところ、候補としてカワイ製とイースタイン(EASTEIN)製の2つが残った。カワイの方はオーソドックスでクセの少ない印象だったが、色も黒で良くも悪くも普通のピアノ。イースタインはこの時初めて知ったメーカーだったが、日本の職人による手作りのピアノということだった。試弾した印象では中音域の伸びが悪い気がしたが(※)、日本一の調律師といわれた「杵淵直知」によるオリジナルの設計ということと、深みのあるワインレッドのカラーリングに惹かれてイースタインを選択した。母はちょっと他と違うものを好む性質だったこともあり、このピアノをすっかり気に入ったらしく、実家では杵淵氏の写真をピアノの上に飾っていた。

(※自分はほとんどデジタルピアノしか弾いたことがなかったので奏法にも相当なクセがあり、一般的な評価とは異なると思う)

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 そんな母も3年前に他界し、実家にピアノを置いておく理由も無くなってしまった。いずれ自分が貰い受けるつもりであったが、カミさんが家にピアノを置くことに消極的だったため、10年後くらいに家を増築してからにしようかと悠長に構えていた。そんな折、子供がピアノを習い始めた。とりあえず家にあったクラビノーバで練習していたのだが、デジタルピアノでは運指の練習にはなるものの、表現力は身に付きにくいらしい。ピアノの先生にもアップライトでも良いのでアコースティックピアノを薦められたこともあり、ピアノ店に足を運んでアップライトピアノの試弾をしてみることにした。その中でApollo(東洋ピアノ)SSSモデルはなかなかのもので、カミさんは洒落た造作のW-800TSというモデルに惹かれたようだった。確かにモノは良いのだが中古のグランドピアノに匹敵するお値段であり、グランド導入までの繋ぎとしてはやりすぎだろう(一生使い続けるつもりで最高のアップライトを買うということであれば間違いなくオススメの一台ではあるが)。お店の方とも話をしたところ、いずれ貰う予定のグランドピアノがあるのなら最初からグランドで練習したほうが良いという結論になり、急遽イースタインを我が家で引き取ることになった(商売にならない客の相手をして頂いてありがとうございました)。置き場は客間のつもりだった和室をあてがうことにした。

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 家の和室は一部板張りだが、ピアノの足2本は畳にかかる。そこで重量を拡散するための板を自作しておいた。市販品を参考に、ネット材木店で15mm厚のシナベニヤを直径40センチの円形にカットして貰ったものをトリマーで面取りし、ステインで白く着色、ニス塗り仕上げをしたものだ。3枚約5,000円で作成できた。

 ピアノの設置は専門の運送業者のスタッフ3人で行われた。足とペダルを取り外し、本体を立てて運び、玄関のドアを問題なく通過できた。さすがに長旅だったのでチューニングは狂っているが、しばらく環境に馴染ませてから調律師に来てもらうつもりだ。

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 塗装面はダークなワインレッドのような色調で木目は見えない。経年変化でわずかにひび割れしている箇所や小キズはあるものの全体的にはまだまだ綺麗なツヤを保っている。
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 白鍵には水牛の角が使われているが、微細な穴が黒ずんでちょっと汚れて見える。触った感触はアクリル樹脂や象牙に比べると微妙にザラザラしている。このピアノが作られた頃はまだ象牙鍵盤も生産されていたはずだが、最初のオーナーが敢えて水牛の角で発注したのだろうか。黒鍵は黒檀だと思う。

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 蓋を開けて譜面台を取り外してみたところ。ピアノのキモともいえるフレームが見える。ピアノの設計というものはこのフレームの構造で大体が決まってしまうそうだ。

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 チューニングピン板が5つに仕切られているのが250型の特徴の1つ。通常このクラスでは4つで、例えばヤマハで5つに仕切られているのはフルコンサート仕様のCFXのみ。フレームがくり抜かれて真鍮製のピン版がはめ込まれているのも特徴的で、ブリュートナー(東独)のピアノに倣ったものらしい。これはピンの振動をフレームに直接伝えないようにするためだそうだが、弦が緩みやすいという欠点もあり、後に設計が変更されたとのこと。

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 形式番号 MODEL 250 の文字と製造番号。製造番号は最初のアルファベットが製造月を表す。Vは12月という意味(1月~12月がJKLMNOPQRSTVの順)で、続いて製造年(西暦下2桁)、製造日、シリアル番号と並ぶ。V65101は「1965年12月10日製造の中で一番価格の高いもの」という意味になるらしい。

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 フレームのレリーフ。描かれているのは花か葉か? なお、後述する書籍には「弦はすべて1本張り」と書かれているが、このフレームではそうなっていない。

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 響板には Eastein TOKYO PIANO KOGYO の文字が書かれている。工場は宇都宮だったが、本社は東京にあったらしい。EASTEINの商標は「東京ピアノ工業」の頭文字からEASTを取り、東洋のスタインウエイという含みもあったとか。つる草のような掌状7裂の葉が3枚描かれている。何の葉っぱだろう。カナムグラ?

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 響板のニスには細かいヒビが入っているが、響板自体は健在で、ニスも剥がれたりめくれあがったりはしていないのでまだ使えそうだ。

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 フレームの端には「Designed by N.Kinebuchi」の文字。250型の製造初期の個体には杵淵氏自らによるサイン(刻印?)が入ったものもあるという。

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 250型の特徴の「くの字」に曲がった駒。中音部の最初の3音の弦を長く張るためにこうなっているらしい。特殊な形状ゆえ、駒の加工は手間のかかるものだったそうだ。

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 奥から3本が中音部最初の3音だが、ここだけ巻き線が使われている。低音域から中音域へスムーズに移行するためだ。かけた手間に見合うだけの効果があったのかどうかは素人の自分には良く判らないが...。

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 実は上で書いた薀蓄はほとんどこの本の受け売り。イースタインは1990年に廃業してしまったが、本には創業から廃業までの歴史や日本各地に残るイースタインピアノのエピソードの他、250型の開発秘話も綴られている。

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 この本によると、250型は製品によって出来の良し悪しのバラつきが激しかったらしく、設計に問題があったとされている。後に設計の変更が何度かあったとのこと。この個体はフレームの特徴と製造年から推測して比較的初期の製品だと思われる。

 実家ではほとんど死蔵していたようなものだったが、我が家に来たことでほぼ毎日使われるようになった。子供のレッスンでもピアノの先生が要求するレベルがデジタルピアノでは表現が難しいところに来ていたので調度良いタイミングだった。もし子供がピアノを辞めてしまっても自分が弾くので無駄にはなるまい。デジタルピアノとはタッチや音の出方がまるで違うので慣れるには時間がかかりそうだ。母が遺してくれたピアノなので、末永く愛用したいと思う。

我が家では2003年に購入したプリンタ複合機のキヤノンPIXUS MP730を今でも使っている。これを購入する前はエプソンのインクジェット機を使っていたのだが、あまりにもノズルの詰まりが頻発する上に、ヘッドクリーニングをしてもちっとも改善しないばかりか、クリーニングをする度にインクを無駄にするし、挙げ句の果てにはエンドユーザーに交換用ヘッドを売らないため修理するとしたら高額になることに嫌気が差し、キヤノンプリンタに乗り換えたのだった。

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このPIXUS MP730では染料系インクを使い、インクカートリッジが黒+シアン+マゼンタ+イエロー(色の三原色)の合計4個というシンプルな設計。染料系塗料(いわゆるクリアカラー)を調色してみると分かるのだが、色の3原色さえあれば黒を含めて全ての色を作ることができる。ただし、実際の運用では黒は頻繁に使う色であり、これを原色を混ぜて作ると無駄が多いので、黒だけ独立したインクカートリッジとなっている。MP730のインクカートリッジには余計な容量管理用チップが付いておらず、市販のキットでインクを注ぎ足して使うのも簡単だ。あの管理チップは、利便性のためではなく、メーカーの利益確保の為に存在しているので、ユーザーとしては付いていない方が有り難い。

余談だが、上位機種ではカラーカートリッジが6色というのがあって、色の表現力をウリにしているようだが、それだけヘッドのノズルもインクカートリッジも増えるため、メンテナンス性は悪化する。3原色+黒だけでも理論上すべての色は再現できるし、実際日常的に使う家庭用プリンタとしては十分なクオリティの印刷ができるので自分としてはMP730で満足している。ただし、染料系の塗料は経年で退色する欠点があり、所詮は一時プリント程度の用途でしか使えない。顔料インクを使ったプリンタも存在しているが、本気で保存用の写真プリントをしたい状況は滅多に発生しないので、そういう時はフジカラーのお店でデジカメプリントを依頼すれば良いと思う。

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このMP730だが、文書をプリントしようとしたところ、ヘッドが目詰まりを起こしてしまったようで、黒がカスレて使い物にならなくなってしまった。ヘッドクリーニングをしたが状況はまったく改善せず。ヘッドを取り外して見たところ、黒用ノズルの周囲がインクでベトベトになっていた。こうなったらヘッドを交換するのが手っ取り早い。

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我が家のMP730はこれまでに2回ヘッドの目詰まりを起こし、キヤノンの直販から購入したヘッドに交換している。エンドユーザーでも交換用ヘッドが入手できるのがキヤノンプリンタのいいところだったのだが、なんと、一般への販売は2009年の2月に終了となってしまったようだ。理由は「プリントヘッドの交換だけで印字品質が改善しないケースもあり、プリントヘッド以外の部分の点検・修理が必須であるとの判断からです」 とされているが、ヘッドの交換で直せなかった素人さんが、余計なクレームでも入れたのだろうか。まぁ、例え販売が続いていたとしても、MP730はすでに製造後約8年経過しているので、メンテナンス部品が手に入らなくなっても致し方ないところではある。

普通はこれでプリンタを買い換えるのだろうが、MP730はメンテナンス性の良さが大変気に入っているので、ヘッドの再生にチャレンジしてみることにした。ネットで検索するといろいろ方法が挙がっているがとりあえずやってみることにした。

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まず、何で洗うかだが、アルコールを使うとノズルを痛めるという報告もあるようなのでお湯で洗うことにした。実際MP730の染料インクはお湯でも十分に溶けるようだ。電子回路部分は浸水させない方が良いという意見もあったが、基板にはICが1個載っている程度のようなので、通電していない状態であれば浸水しても問題はない。ここを濡らさないように洗うのは神経を使うので、とりあえず完全に水没させて40度程度のお湯で洗った。その際気を遣ったのは、ヘッドのインク噴出部分は無闇に触らないことだ。ここはかなり繊細な部分らしいので、綿棒等で擦ったりしない方が良いと思う。40度程度の温水でジャバジャバ洗った後、1時間程度お湯に浸しておき、さらに温水で流してノズルから色が出なくなるまで洗浄した。

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洗浄が終わったら各部を乾燥させるわけだが、このままでドライヤーを当てても内部には水が残ってしまうようだ。ヘッドを固定している2本のネジを外して(ドライバーが滑ってノズルを痛めないように慎重に)内部の水抜きをした他、画像の丸部分で溶着されているプラスチックをニッパーで囓って基板を起こし内側にドライヤーをかけて乾燥させた。

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基板には8本足のICが載っているが、特にここは排水し難い構造になっているので、ドボン洗浄をした場合は必ず分解して乾燥させておくべきだろう。ちなみに基板は元に戻せば十分に固定されるので再接着の必要はない。

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ヘッドを装着した後、ヘッドクリーニングを1回実行してテストパターンを印刷したところ、カラーは問題なかったものの黒がまったく出なくなって焦ったが、プリンタのメンテナンスメニューから「ヘッド リフレッシング」を実行してから印刷したところほぼ綺麗にテストパターンが印刷された。どうやら黒は内部のインクの通路が広いため、1回のヘッドクリーニング程度ではインクがノズルまで到達しないようだ。現状では2本ほどノズル詰まりがあるが、この程度であれば問題無しとして運用再開とした。これからもヘッド洗浄とカートリッジへのインク注ぎ足しで低ランニングコストを実現する良プリンタとして末永く愛用しようと思う。

復活!FX-702P

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先日復活に失敗したポケコンFX-702Pの修理に再チャレンジした。このポケコンはマイコンブーム初期の1982年に兄が購入したもので、創刊後間もないベーマガのプログラムを打ち込んでよく遊ばせてもらった。一番印象に残っているのが1982年7月号の「ATTACK INVADER」というゲーム。タイトルからはシューティングゲームを思わせるが、グラフィック画面を持たないFX-702Pでまともにシューティングができるはずもなく、実際は「もぐら叩き」風のゲームだった。画面に表示される文字列のパターンに応じてキーを叩くだけであるが、これでも当時は面白いと思ったものだ。

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このFX-702P、1983年に兄が海外に留学した際に、暇つぶしにいいだろうと気を利かせて航空便で送ってあげたのだが、それが災いしいてか壊れてしまった。フリーエリア1680ステップ(FX-702Pはメモリの単位がbitやByteではなく「ステップ」)のうち、およそ半分を超えてプログラムを打ち込むと、それまで打ち込んだプログラムが破壊され、メモリーの内容が滅茶苦茶になるという症状だった。輸送時の衝撃で壊れてしまったのだと思われ、持ち主の兄からは「頼んでもいないのに余計なことをするからだ」と怒られてしまった。それ以降は専ら自分が暇つぶしのBASICプログラムを自作するのに使っていたが、うっかり禁断の容量を越えてプログラムを打ち込んでしまい、労力を無駄にすることもしばしばだった。

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その後JR-100やMSXに移行したことで使わなくなり、しばらく実家の物置に保管してあったものを一昨年発掘してきた。物理的な衝撃で壊れたのであれば、半田割れが原因ではないかと考え、すべてのフラットパッケージのチップの半田付けをやり直したり、電解コンデンサ、タンタルコンデンサの張替えも行ったのだが、直らなかった。

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メイン基板を調べてみたが、独立したCPUやROMが見当たらなかった。これらは4つのLCDコントローラHD4319A02/03に含まれているようだ。基板は両面スルーホールだが、設計が未熟なのか一部のピンがフレキケーブルで結線されている。当然これらの断線も疑ったが、問題は見つからなかった。

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こうなるとメモリーチップの不良が疑わしくなってくる。サブ基板に4個載っているNECのμPD444Gという52pのQFPの石がSRAMのようだ。奇妙なことに上下の合計26pだけが基板に半田付けされており、左右の26pは基板にパターンが走っているにも関わらず半田付けされていない。FX-702Pのメモリ空間は、初期状態でフリーエリア1680ステップ+変数領域208ステップなので合計1888ステップ。メモリチップは同じものが4つ使われているので1個につき472ステップの容量があると思われる(ワークエリアのことはこの際考えない)。データシートを探したが、あまりに古いチップのためか発見できなかった。類似型番のμPD444無印のものは発見でき、普通の1024x4bitのSRAMであることは分かったが、ピンの数は違う。とりあえず適当なSRAMに張り替える方向で解析してみることにした。

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通常のSRAMであれば、アドレス線、データ線が共通ラインとなっており、CPUが8bitならば、8本のデータ線が4本ずつペアのSRAMに振り分けられているので、ピンアサインはある程度推測が可能。他にSRAMには/CS,/OE,/WEの信号もあるが、数本程度であれば試行錯誤で解析することも可能だろう。ということで、μPD444Gのパターンを追いかけてみたのだが、まったく予想とは異っていた。どうもFX-702PのCPUは4bitであり、アドレス線もデータ線もすべての石で共通となっているようだ。その上謎のID設定ピンのようなものもあり、普通のSRAMとは異なる印象だった。ネットで検索してみたところ、同じカシオのPB-100系ポケコンでは、「同期SRAM」というのを使っており、アクセス方法も通常のSRAMとは異なり、置き換えは不可能ということが分かった(参考リンク:Vintage programmable calculators)。おそらくFX-702Pも同期SRAMなのだろう。

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こうなったらSRAMを部品取り機から移植するしか道はない。幸いオークションで液晶が割れていると思われるジャンク品を500円で落札できた。動作確認してみたところ、液晶がお漏らしをしているものの、表示は可能で一見動作も問題ない。しかし、プログラムを入力したところ、残り800ステップを切ったあたりでデータが壊れてしまった。あろうことか元々持ってた機体と同じ故障モードではないか!

しかし、よくよく検証すると2台の故障は少し症状が異なることが分かった。元々持っていた方(1号機)は、プログラムが壊れる際、パスワードロックがかかってLIST命令を受け付けなくなる。以後は他のP1~P9のプログラムエリアに入力した場合もその都度パスワードロックがかかる。ジャンク機(2号機)のほうは、メモリ化けが発生するもののパスワードロックはかからない。この違いを利用して原因の切り分けを行うことにした。

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FX-702Pでは、メイン基板とSRAM基板は別になっている。どちらに原因があるのか明らかにしておくために基板をスワップしてみたところ、SRAM基板に依存した症状が再現された。よって故障の原因はSRAM基板側にあると確定。前半800余ステップは問題なく動作するので後半800ステップを記憶しているSRAMが壊れていると思われた。SRAMには基板にシルク印刷でABCDと名前が振ってある。おそらく下位アドレスから順番にABCDと名づけるだろうと考え、死んでいるSRAMは1号機、2号機ともにCだろうと推測した。逆に上位アドレスからABCDだとするとBが死んでいる可能性も考えられたため、2号機のBを1号機のCへ移植することにした。予想が外れても、1号機Cを2号機Bに移植することで簡単に再検証が可能だからだ。

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SRAMの取り外しにはパターンを痛めないようにサンハヤトの表面装部品取り外しキット(低融点半田)を使った。この取り外しキットは定価4,967円と高額なのが難点だが、使い終わった半田を画像のような極細ピッチのICの足に吸い取って保存しておけば10回くらいはリサイクルが可能だ。使い回して普通の半田が混ざると徐々に融点が上がってやりにくくなるのでそうなったら新しい半田に替えれば良い。ちなみに鉄道模型のホワイトメタル接合用に低融点半田が出回っており、これもIC取り外しに使えるという話を聴いたことがある。こっちのほうが安価なのでいずれ試してみたいと思う。

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メモリチップ移植の結果は一発でビンゴ!すべてのメモリを使い切るまでプログラムを入力してもデータ化けが発生しなくなった。

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ちなみにAとDのみSRAMが載った状態で2号機を動かしたところ、起動直後のフリーエリア表示は1680ステップのままだったが、プログラムを400ステップ余り入力した時点でおかしくなった。次にAとBのみにSRAMを載せて検証してみたところ、800ステップ余りを入力したあたりでおかしくなった(パスワードロックもかかった)。やはりメモリチップはABCDの順で埋まるようだ。

勢いで、もう一台FX-702Pのジャンク(3号機)を入手してしまったのだが、こちらは筐体が黄ばんで傷ついていたものの動作は完全だった。比較的綺麗だった2号機のガワに3号機の中身を移植して、最終的には完全動作の美品を2台でっち上げることに成功した。SRAMを剥ぎ取った2号機は使い物にならないが、まだ2枚のSRAMチップは生きているので、今後の部品取りとして保管しておこう。

結局故障の原因は2台ともメモリ不良だったわけだが、物理的な衝撃でこのような壊れ方をするとは考えにくい。おそらくメモリチップの品質にバラつきがあり、一部のメモリに時限爆弾が仕掛けられていたようなものだったのだろう。その炸裂のタイミングがたまたま海外に送付した時と重なっただけで。ということで26年来の濡れ衣を晴らすことができたので、事の顛末を兄に報告したところ、本人はまったく未練も無い様子で一言。「大切に使ってくれ」。

前回PICをプログラムして連射回路を作成するテストを行ったが、これはファミコンに手持ちのジョイスティック「XE-1 ST2」を接続するためのものであった。当初はファミコン本体にアタリ仕様のジョイスティックコネクタを増設するつもりだったが、ハードオフでファミコン用のジョイスティックが手に入ったため、これを利用して外付けのコンバータを作成する方針に変更した。

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捕獲したのはアスキースティックL5。ハードオフでジャンク扱い315円だった。これはRPGを攻略本を見ながら片手で遊ぶために開発されたものらしいが、それ以外の用途に使う分には操作性は微妙らしく、ファミコン末期にはゴミみたいな値段で投げ売られていたという話もある。コントローラのレビューサイトを見ると、操作性については賛否両論のようだ。今回捕獲した個体のガワはセロテープの糊でベトベトになっていたが、欲しいのは内部のICとコネクタだけなので気にしない。

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中を開けてみると、ボタン入力のパラレル信号をシリアル信号に変換するIC「4021」と集合抵抗が入っていた。集合抵抗で4021の各入力ピンがプルアップされており、せっかくなので基板を切り取って活用することにした。

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変換アダプタのケースは以前に観賞魚用サーモスタットを製作したときにバラして使ったACアダプタのケースを流用することにした。この中にピッタリ納まるサイズで基板を切り出し、その際切断されたパターンはスズメッキ線で補修しておいた。

PICは前回12F509を使ったが、今回は12F629を使うことにした。12F629は値段が安いだけでなく高機能化されており、プログラムにより入力ピンをプルアップすることもできるため、外付け部品を減らせるメリットもある。12F509同様に内部発振できるので外付けのオシレータも不要。

今回のアセンブラソースはこちら(HEXファイルはこちら)。基本は12F509で作ったソースの流用だが、12F629は機能アップした分の設定が必要となる。具体的にはコンパレータの無効化やプルアップ抵抗の設定等の初期設定ルーチンの変更をした。このあたりはPICの方言みたいなものなので、その都度調べて書き直す必要がある。

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今回入出力ピンの設定は、4021のトリガ入力ピンの配列に合わせてアサインを変更している。4021の裏側にPICを貼り付けて配線を極力減らすためだ。変更後の回路図はこのようになった。トリガBに割り当てたGP3だけは内部プルアップができない仕様なので、GP5のトリガAと共に外付け抵抗でプルアップしている。

尚、スタート、セレクトボタンは必要に応じて本体の1コンのボタンを使う仕様。どうしても必要であれば、4021の13p,14pをGNDに落とすプッシュスイッチを付ければよい。


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組み込んだ様子はこちら。Dサブコネクタ、中点OFFの6pスイッチ、4021基板を詰め込んだらギチギチになった。Dサブコネクタはケースにルーターで溝を掘ってはめ込んでいる。PICの1,3,7pを直接4021の裏側に半田付けするようになっている。ちなみにこの画像ではPICの5p,6pが抵抗でプルアップされているがこれは内部プルアップをしていない旧バージョンのプログラムで作ったため。

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完成。画像では分かりにくいが、例によって6pの中点OFFスイッチを利用することで、連射OFF、秒間10連射、20連射の切り替えができる。
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アタリ仕様のジョイスティック「XE-1 ST2」を繋げてみた。これは15年くらい前にハムフェアの電波新聞社ブースで入手したものだ(たぶん不良在庫処分品)。使ってみたところ、ゼビウスで20連射はオーバースペックのようでうまくシンクロしなかったが、スターフォースの20連射は問題なし。連射が必要な局面でのボーナスが楽勝で取れるようになった。

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ちなみにXE-1 ST2はメガドライブで使える「SEGA SERIESモード」を持っており、このモードだとスタートボタンが使えるようになる。なぜかメガドラにないはずのセレクトボタンもあるので(どういう仕様なのかよく分からないが)、これらを活用してファミコンに繋げられればさらに便利になりそうな気がする。気が向いたらPICを張り替えてバージョンアップするかも。

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物置のガラクタを整理していたらファミコンが出てきた。以前ハードオフでジャンクで購入してビデオ出力端子増設改造を施したものだ。カセットもカミさんのと合わせて30本以上発掘した。

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発掘したファミコンソフト。コナミソフトはカミさんの所有。

思い出せば1984年の冬、当時JR-100ユーザーだった自分はゼビウスとMAPPYをプレイしたくて初めてファミコンを手に入れたのだった。あの頃ゼビウスはゲームセンターで大ヒットしていて、各メーカーのPCにも移植されまくっていた。自己資金の届く範囲では、PC-6001のタイニーゼビウスもあったが、安価なファミコンで絵の綺麗なゼビウスがプレイできるとなれば、ファミコンを選ぶのは必然だった。

近所のショッピングセンターで本体を購入するも目当てのゼビウス、MAPPYは売り切れ。仕方なくギャラクシアンを買ったものの、すぐに飽きてしまった。田舎には一向に入荷の気配が無かったが、親と上京した際にデパートのおもちゃ売り場でゼビウス、MAPPYともに発見して大興奮。あわてて親にお金を借りて捕獲したのだった。定価売りで、ゼビウスが4900円、MAPPYが4500円と、ソフト1本3800円が相場の当時としては高額だった。

その後、なぜかゼビウスの自機のスプライトの色がおかしくなる故障が発覚し、本体を修理に出したら1ヵ月後くらいに新品になって帰ってきたり(PPUの不良か?)、伝説的クソゲー「バンゲリングベイ」を友達と一緒に掴まされたり、シューティング「スターフォース」にハマったりした。結局購入したソフトは、ギャラクシアン、ゼビウス、マッピー、ギャラガ、バンゲリングベイ、麻雀(2人打ち)、フォーメーションZ、スターフォースの8本だった。

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当時所有していたソフトはいずれも再入手している(麻雀は製品版じゃないけど)

1985年の9月にはスーパーマリオが発売になるのだが、自分はその直前にファミコンを手放してしまった。理由は高校受験を控えていたことと、自転車の購入資金を得るためだった。友達からはスーパーマリオで遊ぶ前にファミコンやめるなんてバカだと言われたが、今思えばドツボにハマる前に辞められて正解だったような気もする。高校に入ってからはMSXに流れたので、結局ファミコンユーザーだった時期は1年も無かったことになる。

今回久しぶりにゼビウスをプレイしてみたのだが、昔はせいぜいAREA10止まりだったのがAREA16まで行けた。ただ、連射の無いノーマルPADでは正直キツい。あの頃は高橋名人の16連射に代表されるように高速連射がゲームが上手い奴の「ステータス」みたいなものであったが、連射なんぞは機械に任せて弾除けと地上物の撃破に集中したい。そこでファミコンにアタリ仕様のジョイスティックポートを増設することにした。

手持ちのジョイスティック「XE-1 ST2(連射機能なし)」でも使えるように手始めに連射回路を作成することにした。連射回路といえば昔はタイマーIC555で組むのが一般的だった。自分もMSXのジョイスティックの製作で経験もあるのだが、1チップマイコンを使えばプログラムで融通が利く上に外付け回路も少なくて済むので、PICの勉強も兼ねてやってみた。

使用するPICは「12F509」。昔PSのMODチップでよく使われていた12C509Aのフラッシュメモリ版で、何度も書き換え可能。このPICは内蔵オシレータで4MHz動作可能で、その場合入出力ピンが6本も使える。プログラミング言語は機械語。いまどきの高級言語はよく分からないが、MSXでZ80アセンブラを経験しているので、すんなり理解できた。ゼロから作るよりは物真似から入るのが近道ということで、こちらのサイトに掲載されているアセンブラのソースを参考にプログラミングしてみた(部分的にパクらせていただきました)。

プログラムの仕様としては、連射は秒間10/20連射の2段階として入力ピン2本で連射on/off、低速・高速の切り替え。トリガAとトリガBの2ボタン対応だが連射速度はAB共通。アタリ仕様のジョイスティックに接続する外付け回路のような使い方を想定している。

出来上がったプログラムのソースはこちら picrensya.asm

回路図はこちら。

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プログラムを秋月のPICライターで書き込んで、ブレッドボードに回路を組み立てた。連射on/offスイッチと連射速度スイッチはまとめて6pの中点OFFスイッチを使うと市販の連射PADのように、スイッチ左で連射off、真ん中で低速、右で高速連射といった具合に使うことができる。

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LEDで動作を確認しながら波形をオシロで見てみた。10Hzや20HzでLEDが点滅する様子は肉眼でも識別可能だった。逆にオシロは低周波すぎて観測が難しかったが(うまく撮影できない)、ほぼプログラム通りに低速時10Hz、高速時20Hz(5Vp-p)の矩形波のパルスが出力されていた。

次回は74HC165を用いて、アタリ仕様のPADをファミコンに接続するための改造を行う予定。

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