2010年8月アーカイブ

水層照明の製作

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先日、近所のイベントで金魚すくいをやってきた。当初やるつもりは無かったのだが、子供が興味を示した上に無料だったのでついやってしまった。ポイは薄紙が張ってあるやつで、結構破れにくいものを使っているのか、初心者の自分でも10匹くらいすくえた。うちの4歳児は破けない網を借りてすくいまくり、合計20匹くらい貰ってきた。飼育環境は用意してなかったが、幸い貰い物の41センチ水層(濾過装置付き)が物置にあったので、これを利用することにした。金魚をとりあえず水層に放流して取り急ぎホームセンターでフィルター、砂、流木、エサ、水草など必要なもの一式を買ってきた。なんだかんだと4000円くらいかかってしまい、「タダより高いものはない」を実感した次第...水質の安定しない最初の1週間で多くの犠牲を出してしまったが、最終的に丈夫な個体3匹(和金2、出目金1)が生き残った。一時白点病が蔓延したが、塩(0.3%)と鷹の爪投入で乗り越え、毎日元気に泳いでいる。

照明はホームセンターでこれ(GEXフラットビームオーロラ)を見かけて、惹かれるものがあったのだが、お値段(売価5000円弱)を見て買うのはやめた。タダで貰った金魚におごってやるにはちょっと高い。自作ならもっと安価にできるのでは...などと安易に考えて製作することにした。

自作品も色味を自由に設定できる仕様にしたいのでフルカラーLEDを使い、そこそこ明るい照明にしたいと考えた。LEDの調光はPWM制御で行うのが一般的。以前鉄道模型用にPWM回路を作ったことがあるが、可変抵抗で3色調整するとなると結構装置が大きくなってしまう。PIC等のワンチップマイコンでPWM制御できれば理想的だが、自分にはPICプログラムのノウハウが無い。何か使えるプログラムは落ちてないかと検索してみると、ここの方(十川氏)がヤフオクに出品しているプログラム済みPICにヒットした。商品説明を見ると、RGBボタンとup/downボタンの組み合わせで任意の色を作成でき、作った色を3つまで登録可能。電源を切っても設定を忘れず、電源投入時は「設定1」で点灯し、消灯状態を記憶させて見た目の電源off代わりにもできるとのこと。タクトスイッチ付きでお値段800円と安価で、将来的に24時間タイマー制御するときにも対応できそうなので、これを使うことにした。

LEDは秋月のハイパワーのフルカラーLEDを採用。1Wタイプと3Wタイプがあるが、3Wだと2灯、1Wなら4灯くらいが適切か。製作は3Wx2灯がラクだが、光を横に分散させたかったので1Wx4灯とした。このLEDはそこそこ発熱するようで、放熱基板に付けられた状態で売っている。放熱を妨げないように筐体を設計する必要あり。

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LEDは2mm厚のアルミ板に並べて固定した。ネジを使うつもりだったが、そうするとネジとLEDの端子が干渉することが判明したので、リベットで固定した。固まるシリコングリスで接着しても良かろうが、手持ちのものはチューブ内で固まってしまって使い物にならなかった。これ、結構なお値段がする上に、使い切る前に固まってしまうのでは改めて買う気になれず...。

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筐体は以前にテレビボードを作ったときの扉材の余り(19mm厚パイン集成材)を使った。これを水層の幅にぴったりあわせて切断。LEDを貼り付けたアルミ板をはめこむ深さ2mmの溝をトリマーで掘り込み、カドはノミで加工した。LED取り付け部分は22mmのフォスナービットで穴を開け、開口部はトリマーですり鉢状に面取り。配線を通す溝もトリマーで掘った。

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LEDと制御装置は適当なUSBケーブルの切れ端で接続することにした。このケーブルを筐体に通すわけだが、ここは正確に板に平行に穴を開ける必要あり。結構な深さがあるので普通に手作業でやるとまず失敗する。やり方としては、ワークベンチに水準器を用いて垂直に板を固定、さらに水準器を取り付けたドリルで垂直下に穴を開ければよい。このように正確にケーブルを通す穴を開けられた。水準器付きドリルはここのサイトを見て自分で加工したものだ。使ってみると大変便利で、水準器無しのドリルなんてあり得ないと思うようになる。商品化されていても良さそうなものだと思うが、売っているものは見たことがない。

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制御装置はユニバーサル基板で組み上げてダイソーのクリップが入っていたケースに入れた。タクトスイッチはリベットを介して押せるようになっている。当初LEDのスイッチング用にFETを使おうかと思ったが、十川氏のお勧めもあり、今回はトランジスタアレイを使った。フルパワーで点灯させると触れないくらいの熱を持つのでちょっと不安になるが、壊れたらFETに取り替えるつもり。

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筐体はワシンペイントの水性サンディングシーラー→軽く400番ペーパー→水性ウレタンニス(ツヤあり)→400番ペーパー→水性ウレタンニス(ツヤ無し)の3回塗りで仕上げ、出来上がったのがこれ。端材利用したので、制作費は3000円くらいか。製品を買うよりは安いが、製作にかかった手間や時間を考えると普通の人は普通に製品を買ったほうがいいと思う。

制御装置の使い勝手だが、これが実に良い。RGBボタンとup/downボタンで色を弄るときに最大照度になったところで点滅して教えてくれたり、設定を記憶させると一度フラッシュして教えてくれたりとキチンとエコーバックがある。電源を落としても設定を忘れないのも重要なポイント。PICなので部品点数も少ないし、手軽にフルカラーLEDを制御するにはオススメできる。

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水草の育成には光をあてる必要があるわけだが、光合成に必要なのは主に赤色で、青色もある程度必要なんだそうだ。日中はフルパワー点灯、夜間はほんのりと赤く点灯させて運用することにした。労力の割にコスト面では微妙だったが、とりあえずアクアリウムを美しく見せる目的は果たすことができたと思う。

いまさらポケコン

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先日JR-100を弄っている内に思い出したのだが、自分が初めて弄ったコンピュータはカシオのポケコンFX-702Pであった。これは兄が中学生の頃に買ったのだが、小学生だった自分もベーマガに掲載されているゲームで遊ばせて貰ったりした。

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その後輸送中の事故で故障し、メモリを多く使うプログラムを打ち込むと暴走してメモリが飛ぶ状況になってしまったが、自分が高校の時には学校に持ち込んで簡単なゲームを作って遊んだりしていた。故障は半田割れが原因と推測されたので、先日修復を試みたのだが、残念ながら治らなかった。後日頭を冷やしてもう一度チャレンジ予定。

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パッケージのBASICの文字がヤケに誇らしげである。当時はソフトは買うものではなく「打ち込む」または「作る」ものだったので、「BASICプログラムが走る」というのがウリだったのだ。カセットインターフェイスもあるし、昔打ち込んだベーマガのゲームを記録したテープもあるのに、本体が動かないのが残念だ。

それとは別に手元にシャープのPC-E550というポケコンがある。2002年頃に入手したものだが、当時の自分はゲーム機の修理・改造に勤しんでおり、毎週のように獲物を求めてハードオフを巡回していた。そんな折ジャンク扱いで本体のみ1,000円くらいで転がっていたところを発見したものだ。スルーするかどうか迷ったが、これの大学生協モデル(PC-1480U)を兄が持っていたので懐かしくなって捕獲してしまった。マニュアルも無かったのでプログラムを組むこともなく、電卓として使った後は放置されていたのだが、今回思い出して電池を入れてみたところ動作はOKだった。

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何か面白い使い方はできないものかと、ネットでこの機種の情報を調べたら、このシリーズはポケコン末期の息の長かった製品のようで、関連サイトも多いようだ。ゲームプログラムなども多くアップロードされているし、接続ケーブルを自作すればPCからファイルを転送できることも分かった。せっかくなのでネットで手に入るゲームで遊んでみることにした。

PCとの接続はシリアルポート経由で、接続ケーブルの作り方はここのサイトに指南があったので作ってみた。材料はジャンク箱に転がっていたケーブルと抵抗とダイオード。コネクタは「入手困難」とされているが、以前に千石電商で入手してストックしていた1.27mmピッチのピンヘッダコネクタがピッタリだった。

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できあがったケーブルがこれ。ケースはどこかの作例で「フリスク」のものが使えると書かれていたので、安いトップバリュのパチモンを買ってきて使った。確かに程よい薄さで扱いやすいケースだ。

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ここで販売している製品に倣って、逆挿し防止&接点保護の目的で0.4mmの薄い透明プラ版でコネクタをサンドイッチにしてホットボンドで固めている。

PCとの連携は、基本的にTeratarm等の通信ソフトを使ってBASICプログラムでのやりとりとなる(PLINKは今回導入しなかった)。テキストベースの通信しかできないので機械語のバイナリファイルはUUSFXで一旦BASICプログラムに変換してから転送し、ポケコンでバイナリに戻すといった手順が必要。Windows付属のハイパーターミナルは文字化けしたりするので使わない方が良い。転送速度は9600bpsのシリアル通信なので、ハッキリ言って遅く、パソコン通信の時代に逆戻りした気分だが、転送するプログラムも3kBほどの小さいものばかりなのでそんなに苦にはならなかった。

一応覚え書きとして、シリアル転送時は事前にポケコンで下記コマンドを実行。
 POKE &BFD35,0,255,0,80
 OPEN "9600,N,8,1,A,L,&1A,X,S":CLOSE

PCの通信ソフトの設定は下記のようにする。
端末の設定:改行コードはCR+LF、 ローカルエコーあり、 漢字コードはSJIS
シリアルポート:9600ボー、データ8bit、パリティなし、ストップ1bit、フローXon/Xoff、送信遅延は5msecくらい

設定が済んだらポケコンでLOADコマンドを実行し、PCの通信ソフトからテキストデータを送信。Teratermの場合は画面上で送信完了となっても、バッファーに蓄えられたデータが送信完了するまで多少時間を要するので30秒ほど待つ。終了したらポケコンでbreakしてリストを確認し、最後の行まで転送できていれば完了。

あちこちのサイトからアクションゲームやパズルゲームをダウンロードして遊んでみたが、意外と遊べる。もちろん今時の携帯ゲーム機のゲームなんかと比べてはいけないが、ちょっとした暇つぶしにはなるだろう。

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いろいろ検索している内にPC-E500シリーズには「HEAVY METAL」という名作シューティングゲームがあると聴き、探してみたら海外のサイトに落ちているのを発見。ダウンロードして遊んでみた。オールマシン語で組まれており、滑らかな動きで、難易度もなかなかのものだが、液晶の残像のせいで画面は見づらい。ハードウエアの性能だから致し方ないところだが。同じサイトに続編のHEAVY METAL2も登録されているが、これはプログラムのバイナリファイルがuuecodeされた形式となっている。自分は一旦uudecodeしてバイナリに戻した後UUSFXでBASICプログラムに変換してから転送したところうまくいった。

なお、PC-E550は8bit機ながらメインメモリを64kB搭載しており、一部をRAMDISKとして使えるようになっている。メモリはバッテリバックアップがされるので、とりあえず32kBをRAMDISKに割り当ててゲームをセーブしていたのだが、あっという間に埋まってしまった。これでは不便なのでメモリを増設したくなってきた。

ネットの改造記事を見るとSRAMには628128/628512が使えるらしい。これらの石なら昔MSXの似非RAM製作で随分世話になった。628512を2個使えば最大1MBまで拡張できるそうだが、全容量を使いこなすにはメモリドライバが必要だったりとちょっと敷居が高い。そこまでの容量を必要としているわけでもないし、プライマリメモリは256kBまでという制約もあるようなので今回は628128を2個使って256kB化することにした。必要な石はネットオークションで入手した。

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PC-E550を開けてみたところこんな感じになっていた。どうやら前モデルPC-E500(RAM32KB)にフレキ基板でパッチを当てただけの造りのようだ。このフレキ上にアドレスデコーダ回路と32kBのSRAMが2個載っていた。松下のMSXみたいに最初からRAM増設できるように基板を設計していたら良かったのに。

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今回はこの32kBのSRAMを剥がして128kBのSRAMに載せ替える作業となる。まずはSRAM剥がしであるが、元のパターンを剥がすと厄介なのでヒヨってサンハヤトの面実装IC取り外しキットを使った。このキットは高価なのが難点だが、気持ちいいくらいにヌルっとIC が外れてくれた。ちなみに取り外しキットの高価な半田は、要らない0.5mmピッチのICの足などで吸い取って保管しておくとある程度使いまわしが利く。

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次に128kBのSRAMを乗せて半田付けするわけだが、1pは未使用だし隣のICと干渉するので根元でカットする。2p(A16),31p(A15),32p(Vcc)は横に広げ、残りのピンは内側に曲げて32kBのSRAMの載っていたパターンに載せて半田付けする。2p,31pに関してはここにSRAMとCPUのピンアサインが載っているので、これを参考にした。フレキ上のアドレスデコーダはアドレス線A15を2つの/CS信号に変換する回路だが、これはそのまま弄らずに活用した。通常は最上位のアドレス線(今回の場合A17)でチップセレクト信号(/CS)を作るのが一般的であり、そのメリットとしては2つのSRAMの1個が壊れても半分の容量でコンピュータが動作することだが、2つのSRAMが同一の条件で正常に動くという前提ならばA17とA15が入れ替わって配線されていてもCPUから見たら全く違いはない。よって元のA15から/CSを作る回路構成はそのままに、SRAMのA15,A16はそれぞれCPUのA16,A17に繋げばOKだろう。実際のA16,A17の取り出しポイントだが、CPUは足のピッチが極小なので、隣の256kBのROMから取り出すこととした。

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テスターで調べたところ、ROM(LH532A)のこの位置にA16,A17が来ているようなので、ここにポリウレタン線を半田付けし、SRAMのA15,A16(2個とも)に配線した。

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出来上がったところ。2個のSRAMの2p同士、31p同士を接続し、それぞれROMのA16,A17に接続している。また、SRAMの電源ピン(32p)はSRAMの30pに繋げても良いが、近くのチップコンデンサから取り出したほうが簡単。

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動作チェックしたところ、257976 bytes認識しているので成功のようだ。とりあえず INIT"E:192K" コマンドで192kBのRAMDISKを作ってプログラムをセーブしてみたが、動作も問題なし。上述のHEAVY METAL(2)もRAMDISKからLOADしていつでも遊べるようになった。

というわけで、MSX以来久々の半田付けでのメモリ増設ネタで楽しませてもらった。

夕張いってきた

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週末に財政破綻で有名になってしまった夕張に行ってきた。目的はホテルマウントレースイ2階のレストランで開催している夕張メロンバイキングだ。夕張メロン収穫期の6月~8月のみの開催で、料金は大人 2,310円 / 子供 1,155円 / 幼児(4歳~) 525円となっている.。メロンが地元の市場価格の1個800円だと仮定すると大人が3個食べると元が取れる計算。

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メロンばっかり食べようと勇んで出かけたのだが、実際食べてみると他の料理もなかなか美味しくて、メロンばかりとは行かなくなってしまった。洋風カレーが意外においしくて、子供と一緒に食べてしまったし、カミさんはメロンよりもむしろステーキ肉ばっかり食べていた。

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メロンコーナーはこんな感じで、およそ八つ切りサイズのメロンが並んでいた。時期によっては夕張メロン以外のものも使われるそうだが、この日は黄色い皮が特徴の夕張メロン100%。自由にお皿に盛っていくスタイルで、無くなってもすぐ補充されるのでキープしておく必要は無し。ガツガツしている人もおらず、本当に好きな時に好きなだけ食べられる雰囲気だった。

気になるメロンの味はそれなりに美味であったものの甘みは最高、というほどではなかった。一般にメロンやスイカは昼夜の寒暖差が激しいほど甘みが出るらしい。夕張メロンは収穫後数日で食べごろに熟すので、1~2週間前くらいの気候が味となって現れるのだろうと思う。ここ最近は北海道でも結構な暑さが続いたので期待していたが、蝦夷梅雨といわれる雨も多かったのでその点が不利になったのかもしれない。

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で、結局大人2名と幼児2名で16切れ食べて終了。これで2玉分くらいだと思うが、元が大きいメロンのようなのでそれなりの量。メロン代だけで1600円相当と考えると微妙なコストパフォーマンスだが、料理も結構美味しかったのでヨシとしよう。

ちなみに最近夕張にあの花畑牧場の工場が作られたのだが、それに関連して生キャラメルフォンデュのコーナーがあった。具はフランスパン、缶詰フルーツ、マシュマロで、確かに生キャラメルっぽい味だったのだが、なぜか子供には不評だった。

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帰りがけに「ゆうばり化石のいろいろ展示館」に寄ってきた。建物はこじんまりとしたもので、展示されている化石も地元で採れるアンモナイト主体の地味めのもの。恐竜は骨の一部分のみの展示で全身骨格標本はないが、首長竜のロボットが動いていて、それなりのインパクトはあった。

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首長竜を退治している(つもり)の4歳児

この一帯はかつて「石炭の歴史村(1980年~2006年)」という総合レジャー施設だった。化石のいろいろ展示館は2000年に集客アップを狙ってゲームセンターを改修したものだそうで、現在は無料で見学することができる。今ではここと石炭博物館と、炭鉱生活館しか稼動していないが、昔はこの他にロボット館、剥製館、SL館、昭和レトロ館、キネマ館、遊園地までもがあった。入園パスポートを購入してスタンプラリーしながら園内を回るスタイルで、じっくり見ていたら一日で全部回ることが難しいくらいの規模だった。

石炭の歴史村には昭和の時代に親戚との北海道旅行で一度訪れたことがある。当時は大変賑わっており、なんといってもその旅行中で一番楽しかったのがこの歴史村だった。その思い出を引きずって今から7年ほど前にカミさんと2回目の来園を果たしているが、その頃はまだほとんどの施設が稼動していたものの、来客数と職員数が同じくらいであり、この業態でいつまで持つのか心配になるような有様であった。実際夕張市が相当税金を投入していたようで、ここの赤字経営が夕張市の財政破綻の一因となってしまったようだ。一昨年民間のリゾート会社に経営が引き継がれ、規模は相当縮小されてしまったがこれも時代の流れとして致し方のないことなのだろう。

個人的には石炭博物館の懐古的な雰囲気は好きなのだが、薄暗い坑道で炭鉱夫の人形が動いたり喋っている展示は子供が怖がるので今回は入場を見送った。子供が大きくなったらまた来ようと思うが、それまでは営業を続けて欲しいものだ。

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SL館。画像はこちらから引用。バスと比べると大きさが分かる。

石炭の歴史村の展示館のひとつであるSL館は一昨年はまだオープンしていたが、昨年より休館となってしまった。巨大なSLを模した建物で、館内にはSLや客車が数両保管されている他、昔の駅やホーム、乗客や駅員(人形)まで再現されている。昨年9月にはSL夕張応援号の運行に合わせて2日だけ臨時開館されたので行ってきたが、建物は既に電気が止まっており、自家発電機による薄暗い照明下での見学だった。館内の車両の保存状態は良好だが、SLが地盤の緩みにより傾いており、このまま放置すると横転の恐れもあるらしい。修復するお金がないため存続が危ぶまれており、現在地元の有志(三菱大夕張鉄道保存会)による保存活動が行われているそうだ。

SL館は広大な敷地の外れに位置し、隣接する遊園地を訪れるついでに見学するような立地であった。かつては園内のミニ鉄道で村の中心部からSL館まで移動することができたが、鉄道が撤去された今、SL館は行くだけでも難儀な場所になってしまっている。一方、化石館は駐車場と石炭博物館の間に位置するため博物館を見学するついでに訪れやすく、立地の幸運で生き延びた施設と言えるかも知れない。

できることならば、「あの頃」の石炭の歴史村に子供を連れてもう一度行ってみたい...。

にがHP(母屋)

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